| <悲しいこと・・・> | ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ 2006年4月24日 記 |
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このところ私の周りで、病気になられたり倒れられたりする方々が続いて、ちょっと辛い思いがしている。年齢的に、そういう状況に遭遇する機会が必然的に増えてくる"人生のステージ"に差し掛かった、ということなのかもしれないけれど・・・。
病状の回復を祈って、心に掛けている友人たちも今何人かいるのだけれど、この4月16日に突然逝ってしまった日本の女友達のことは かなりの衝撃で、やりきれない思いにかられながら、事あるごとに彼女と共に過ごした時間のことなどを思い出している。父からすぐに訃報が届いたが、その日は<復活祭>(イースター・サンデー)。街全体が淡いピンクやブルーのイースター・カラーに彩られ、教会のミサに出席してから連れ立ってランチに向かう人々の装いは柔らかな花びらのよう・・・『春』を迎えた喜びが、そこかしこに溢れているようだった。 暫く連絡が途切れていた彼女から突然手紙を受け取ったのは、2年ほど前のことだった。お父様に癌が発見され、その看病に日夜心身を呈していたけれど亡くなってしまわれた・・・そのあまりの悲しみに毎日泣き暮れていたら、ある日突然、自分も同じ病に犯されていることを自覚。すぐに診療を受け、手術に臨んだが、癌細胞の増殖スピードは並ではなく、なんと2kgにもなる腫瘍が摘出された。その後、一応体調は安定しているけれど薄氷を踏む思いの毎日です・・・といったことが認められていた。 彼女と初めて出会ったのは、アメリカ・メイン州で催されていた夏期音楽祭でのこと。自分の出演日程より2日ほど早めに当地へ出向いたことで少しスケジュールに余裕が出来、奈良出身のピアニストであった彼女と親しくなる機会が持てた。ショートカットがとても似合う、目元のパッチリとした可愛い人で、小柄なこともあって、最初は未だ10代の少女かと紛ったほど。話をしてみたら、すごくシッカリとしているので驚き、よく聞いてみたら30歳も間近‐というので再度ビックリ。アメリカの大学院に音楽留学したいと思っている・・・などという相談も受けた。心の真っ直ぐな、とても礼儀正しい、気持ちの良い人で、何日か一緒に過ごすうちにすっかり打解けて仲良しになってしまった。その秋に、ちょうど奈良の近く、守山市でリサイタルが予定されていたので、日本での再会を約束した。 人との出会いは色んな形で訪れる。でも出遭ったからといって必ずしも交際が始まるものとも限らない。彼女とは(年下であったにも拘らず)なんとなく感性が似ていて、同じ時に同じようなことを考えていたり・・・不思議とウマが合った。アメリカ留学は結婚されたために実現しなかったけれど、ご主人の転勤で何年か東京住まいされたことで、私が帰国する度に何らかの機会を作って一緒に演奏もした。外見と同じに性格も愛らしくて、とってもお洒落でセンスのよい人だったから、一緒にショッピングに興じるのも楽しみだった。手先が器用で、ササッと可愛いいお人形さんを縫い上げてみたり、お家のインテリアにもちょっとした工夫をされたり、また、リハーサルに伺うと"これは関西風うな丼です"−なんて、2層に鰻をあしらった夕飯が用意されていて・・・と細やかな心遣いに溢れてて、その居心地のよさについつい長居をしてしまい、お仕事を終えて夜遅く帰宅されたご主人とご一緒してしまうことも何度かあった。ご主人は実にホンワカとした、優しい方で、お疲れだったろうにイヤなお顔ひとつ見せずに歓待して下さったっけ・・・。
谷川 実千代さん(ご結婚名:池宮さん)・・・享年48歳。あまりにも若すぎる死。
早く元気になって、また一緒に演奏しようね − そんなメールのやり取りが空しく、心に残る。彼女と一緒に演奏した写真が何故か数少ないのだけれど(自分自身のだってあまり多くないのだな、そういえば・・・)、2002年に日本橋・三越で催された『9・11−アメリカ同時テロ犠牲者のための追悼イベント』の時の写真(提供:村田三雄さん)と、彼女がご主人と"子供代わり"にすごく可愛がっていたワンちゃん=ショパン君=に関わるメールの一部をここに公開させていただくことで、私の心の中にいる「実千代さん」の姿を今一度思い起こしてみたい・・・。大好きだったお父様の傍らで、闘病生活の苦しみをゆっくりと癒してね・・・。合掌。
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